(English) THE LIGHT BENDER YUKIO

「光線が乏しいなら乏しいなりに、却ってその闇に沈潜し、その中に自らなる美を発見する。」(『陰翳礼讃』 谷崎潤一郎作)

この谷崎潤一郎の言葉を本当に理解するアーティストがいるとするならば、それは、デザイナーの橋本夕紀夫以外に存在しないであろう。空間デザインとプロダクトデザインの先駆者であり、非常に美しく繊細なデザインを手掛けることで有名である。日本中のレストランやショップ、住居ビルのみならず、中国や台湾、ニューヨークにあるレストランのデザインまでをも手掛ける。

彼が手掛ける空間はとても崇高で気品があり、光、影、形の可能性を限りなく追求する。そこには、洗練されたシンプルさが存在するのみならず、エレガントで伝統的な日本の情緒が表れている。和らいだ静寂さがあると同時に、先駆的な印象も受ける。

46歳になる橋本のスタジオで彼を取材した時、彼の作品から受ける人間性そのままの橋本がそこにはいた。エネルギッシュであると

同時に温かみのある印象を受けた。橋本のデザインの真髄には、自然と共存する精神、そして、素材に対する尊敬の念が表れている。

「なるべく自然が持っている気持ちよさ、美しさみたいなものにどんどん近付いて行きたいと思っています。例えば、レストランの設計をいくつかやっていますが、食事をする時に一番気持ちの良い場所は外だということなんですね。ガーデンパーティーのように、外にテーブルとかテーブルクロスとか椅子を持ち出して、皆でお酒飲みながらワイワイやって。気持ちの良い外の光とおいしい空気を吸いながら摂る食事が一番料理を美味しくさせる。だから、私がデザインする時は、外とそっくりには出来ないですけれど、なるべく外で食事をする時に感じる気持ち良さを具現化したいと思っています」

橋本の言葉は、日本の建築全体に渡って見られる外国の建築物との違いを表しているのではないだろうか。屋外と屋内、人間と自然を分け隔てるような建築物ではなく、昔ながらの日本の建築物のように自然との調和が存在する建築物だ。例えば、中庭の周りに縁側を配置したり、庭を囲む家屋に障子や竹格子があったりする。

橋本も次のように語っている。「今はむしろ、建築家やデザイナーではなくて、例えば、日本に昔からあるもの、桂離宮や伊勢神宮、京都にある待庵という茶室などいろいろな空間からインスピレーションを得ることが多いですね」

実際、茶人である千利休(禅の教えと美を茶道に取り入れた)によって建てられた待庵(京都にある二畳ほどの大きさの茶室)との出会いは、橋本夕紀夫を感動させ、空間デザイナーを志すきっかけとなった。

「もともと学生の頃からデザインの仕事をしたいなと思っていました。でも、最初はファッションデザイナーのように洋服を扱うデザインが面白いかなと思っていたんですが、大学生の時に、待庵に行って、とても感銘を受けて、こういう空間のデザインが出来たら良いなと思ったのがデザイナーを志したきっかけです」

待庵にはわびさびの美があり、それは、橋本の作品にも見て取れる。待庵は日本で最も小さな茶室だが、小さな窓が三つあり、窓から差し込む光と障子に映る竹の影が、平穏と安らかさを感じさせる。しかし、その平穏の中にもぴんと張り詰めた緊張感が漂う。

橋本のデザインの中で最も重要な要素は、ネオ・トラディショナリズム(ネオ・伝統主義)ではなかろうか。何世代にも渡って受け継がれた日本の伝統技術を用いる一方で、橋本は、それらをコンテンポラリーの領域にまで昇華させた。それは、時にユニークな雰囲気を作り出すために、演劇的であり、時代を先取りしており、静かな印象の一方で、人々を元気付ける要素があり、温かくクールでもある。

橋本が手掛けるインテリアデザインからは、昔ながらの日本文化を見て取ることが出来る。例えば、蚊帳であったり、京都の小道であったり、小鳥であったり、燃える備長炭であったり、禅様式の庭であったり、夏の日傘であったりする。しかし、これらの要素は、しばしばサイバー風のLED光や光ファイバー線と組み合わされたりする。写真家の荒木経惟と発光体を使ってコラボレーションしたこともある。

この対比こそが、橋本の作品の特徴でもある。有機的であり、人工的であり、シックであり、クラシカルであり、生命力に溢れていると同時に急進的であり、我が家にいるような居心地の良さもある。橋本は次のように語った。「伝統的な素材を使って、今までに見たこともないようなものを作りたいですね」

橋本の作品の一つであるdancing on the waterが、良い例であろう。「漆という伝統ある素材を現代に使いたかったんです。ただ伝統工芸という古いものではなくて、現代の生活にも合うということをアピールしたかったんです」

「今、そういう伝統工芸というものはあまり日常生活で使わないんですよね。昔は漆の器とかでご飯やお味噌汁を食べたりしたんですけれど、今は少ないですね。せっかくああいう優れた素材があるのだから。その漆を毎日見て暮らすためにはどうすれば良いかを考えたんです。時計だったら毎日見るのだから、そこに漆を使ったら面白いのではないかと考えました。dancing on the waterは、漆の面にデジタルの数字が映し出されて時計の時間がわかるようになっています。昔からある漆と日常に欠かせない時計を組み合わせることで、漆の持っている本来の美しさを毎日感じ取ってほしいですね。伝統を受け継ぎながら、さらに未来を思って作りました」

物が過剰に溢れているこの世の中では、人々は、平和で居心地の良い場所を求める。橋本がデザインしたレストランは、カタルシスの空間と言えるだろう。入った瞬間に人々は空間周辺全体の虜になる。完全に夢中にさせられる。

「インテリアは要するに、空間に人が来て体験する訳で、五感で感じられるような場所ですね。だから、もちろんインテリアも大事ですけれど、その時の光の具合とか流れる音楽とかも大事になってきます。例えばレストランなら、どんな料理が出てくるかで感じ方も変わってくるので、そういった意味では、インテリアは人間の感覚全てに訴えかけてくるものだと思います」

「明かりは、空間を作る上でものすごく大事な要素だと思うので、光が良くないと空間も良く見えないんですね。だから、いつもデザインする時は、空間と明かりを一緒に考えるくらいに大切に考えています。光をその都度考えて、少し実験的なこともしたりします」

橋本は、世界各国のレストランのデザインも手掛けている。ニューヨークの『ちゃんと』、台湾の『ノーブルハウス』、香港の『レイガーデン』などである。それぞれのレストランは、それぞれの国に合ったユニークなスタイルを具現化している。海外での活躍について、橋本は謙遜して次のように語った。「どのくらい海外で人気があるかわからないんですけれど、やはり日本のデザインって繊細じゃないかと思うんですよね。アメリカのデザインはすごくダイナミックですし、ヨーロッパでは少しデコラティブな印象があります。もちろん、シンプルでモダンなスタイルもあります。日本では、少し前に流行った禅のスタイルが、とてもシンプルで繊細ですよね。そういった要素は、海外の人から見たら、今まで自分の国にはないような感覚なのかも知れませんね」
禅の精神を受け継ぐ橋本のデザインは、ミニマリズムに象徴されるようなシンプルさを持つ。それは、彼が使う木や石の素材を見れば明らかだ。

橋本が最近手掛けたザ・ペニンシュラホテル東京では、二年半、ある住宅には三年の月日をデザインに費やしたそうだ。彼にとって最大の挑戦は、デザインをいかに具現化するかということだ。

「やはり実現しなければいけないので、デザインだけだったら紙の上でいくらでも出来るんですけど、それを完成させなければいけないので、そこが一番大変と言えば大変なところですね」

驚くべきことに、インテリアデザインよりもプロダクトデザインの方がより難しいと橋本は打ち明けた。広々とした空間デザインを手掛けるのと同じくらいの時間を小さなランプに費やす時もあるそうだ。

「プロダクトの場合は、もの自体がいろいろな人に渡るので、どこでどう使われるかがわかりません。だから、それ自体がすごく魅力を持たないと駄目だと感じています」

仕事の八割はインテリアデザインだという。他にもプロダクトデザインの仕事の傍ら、女子美術短期大学で教鞭を取ると同時に、年に数回、愛知県立芸術大学でも教鞭を取る。学生からも刺激を受けることがあるという。「経験がまだ浅い学生のアイデアは面白いですね。とても大胆で」

橋本は現在、温泉旅館のデザインに着手しているそうだ。その一方で、彼の夢は膨らむばかりだ。
「今までやってきた仕事が商業施設が多かったので、今度はもっとパブリックな仕事がしたいですね。例えば、駅や公園など、人が日常に使うような場所をデザインしたいです。それで、人の生活がより豊かになれば、この上ない喜びです」

また、橋本は、数々の賞を受賞している。タカシマヤ美術賞を始め、JCD奨励賞、JCD優秀賞、ナショップライティングコンテスト優秀賞など、橋本のデザインは高く評価されている。創造性やその具現化、成功など長年の経験の中で彼が学んだことは、信じることの必要性と決断力であると語る。

若いアーティスト達に何かアドバイスはないか尋ねた。「一番大切なことは、まずはあきらめないということですね。どんなことでも必ず道はあります。自分のアイデアがあった時、また、それを実現する時、必ずいろいろな弊害や障害があると思うんですけれど、必ず道は見つかりますから。だから、信念を持ってやると、必ず実現出来ますから」

橋本のデザインの具現化は、日本にある150を超えるレストランと、ショップ、バー、カフェ、住居や海外のレストランなど多岐に渡って見ることが出来る。それぞれのプロジェクトはそれぞれの特徴を合わせ持つが、全ての作品に共通することは、彼の明確なビジョンとクリエイティブ力の卓越した表現にこそある。もし機会があったら、橋本のデザインした空間を訪れてみると良い。光と影の持つ無限の可能性を体感出来るであろう。それらは、コンテンポラリーな領域にまで昇華され、日本の伝統に対する畏敬の念が見て取れる。

Story by Manami Okazaki
J SELECT Magazine, April 2008 掲載
【訳: 青木真由子】