白くホイップされたクリスマスを夢見て

取材・文: Carol Hui

多くの日本人にとって、クリスマスの印象とは、泡立てられたホイップクリームのような白い草原―そこには、瑞々しいイチゴが植わっている―に包まれたおとぎの国のようなものであろう。実際、日本のクリスマスは、宗教的な意味合いは薄く、デザートに特別なケーキを味わうことが中心の祝日となっている。

1910年、菓子メーカーの不二家は、日本で初めての日本式ショートケーキをクリスマスに合わせて発表した。不二家のショートケーキは、スポンジに泡立てられたホイップクリームとイチゴをのせ、さらに、チョコレートとサンタクロースの人形が添えられている。(甘いビスケットで作られたアメリカ式のショートケーキとは異なり、日本式ショートケーキは、いつでも、スポンジケーキを使ってきた)1922年、不二家は、ショートケーキを季節のケーキとして販売し始めた。50年代になると、多くの人々が冷蔵庫を持つようになり、クリスマスケーキを食べることは、国民的行事として広まった。

以来、クリスマスケーキは文化の一つとして定着し、国内のトップ・パティシエたちが腕を競って、様々なクリスマスケーキを発表してきた。実際、デパートでは、高級ホテルのクリスマスケーキの豪華なカタログが作られ、早い時期からケーキを予約することができる。幼少時代に特別な贅沢品として楽しみにしていたクリスマスケーキに対するわくわくとした気持ちが、今、ケーキを作る原動力となっていると、トップ・パティシエたちは口を揃えて言う。

「今では、ケーキをコンビニでも買うことができます。しかし、私が小さかった頃は、クリスマスは年に一度、西洋のケーキを食べることのできる日でした。時には、ケーキの他にプレゼントがあったりもしましたが、クリスマスケーキに勝るものはありませんでした。クリスマスとは、すなわちケーキを意味していたのです」グランド ハイアット 東京のシェフパティシエである後藤順一氏は語る。ANAインターコンチネンタルホテル東京の『ピエール・ガニェール』のシェフパティシエである森谷孝弘氏は、小さな頃から甘いものが好きで、兄弟のために、いつもパンケーキを焼くような子供であった。幼い頃に食べたクリスマスケーキに対する興奮の気持ちが、パティシエになる動機の一つであったと語る。「子供にとっては、イチゴがたくさんのったケーキを食べるあの日は、特別な日でした」森谷氏は笑顔で言った。

不二家のシンプルなショートケーキも根強い人気があるが、トップ・パティシエたちが作るイチゴショートケーキは、この上なく素晴らしいものである。極上のケーキを作るには、いくつかの取り決めがある。まず、昔からあるレシピを変えないこと。そして、12月は、国内で生産されているイチゴのベストシーズンであるので、極上のイチゴを使うことは、結果、極上のケーキを生み出すということである。

グランド ハイアット 東京が生み出すクリスマスショートケーキは、年間を通じて売り出しているショートケーキと大差はないが、国産のイチゴを使用しているところが異なる。羽根のような薄いホワイトチョコレートのレイヤーで着飾った、クリスマス仕様のケーキとなっている。ANAインターコンチネンタルホテル東京では、25年間、同じクリスマスケーキのレシピを使っている。細かな変更はあるものの、基本的な変更はせず、変わらない味を追求することにこそ意味があると、ペストリーシェフの養父(やぶ)直人氏は語る。「昔から受け継がれている原材料を使い、程良い調和を生み出すことができれば、おのずと最上の味を生み出すことができるのです。これは、流行などに左右されるものではありません」

おなじみのイチゴショートケーキに対する絶大だが、日本のトップ・パティシエたちは、ライバルの存在しない独自のケーキを作り出さねばならない責務がある。森谷氏は、『ピエール・ガニェール』の二つのトレードマークのケーキを作ることを任されている。一つは、ホワイトチョコレートケーキで、アーモンドケーキとジンジャーサブレーケーキを土台に、シロップが掛けられ、ホワイトチョコレートでコーティングされている。二つ目は、丸太型のミルクチョコレートムースに、ピスタチオムースとキャラメルクリーム、チョコレートビスケットが添えられている。グランド ハイアット 東京が提供する限定チョコレートムースケーキには、トンカ豆、クレムビュルレ、洋ナシ、パイ生地が使われている。やわらかいながらも、さくさくとした食感が楽しめる。

グランド ハイアット 東京

最近のクリスマスケーキのトレンドは、日持ちすることにある。ANAインターコンチネンタルホテル東京のジンジャーブレッドハウスは、昨年大ヒットを記録し、今年も販売する。「今年のジンジャーブレッドハウスは、さらに趣向を凝らしていて、子供たちが探すのを楽しめるように、家の中に小さなチョコレートの粒を添えています」養父氏は言う。ジンジャーブレッドのスパイスは、養父氏オリジナルのものである。ジンジャーブレッドハウスの作成には大きな労力を要するが、養父氏は、時間を掛けるだけの価値があると話す。「ジンジャーブレッドハウスを作り始めると、キッチンは良い香りでいっぱいになり、みんなをクリスマスの気分にさせてくれます。とても楽しい体験です」

グランド ハイアット 東京では、昨年人気を博したクリスマスバスケットを今年も販売する。今年のバスケットの中身は、チョコレートでコーティングされたナッツ、バナナブラウニー、そして、ピーチパウンドケーキである。カラフルな組み合わせは見ていても楽しく、仕事場で分け合ったり、プレゼントにしたりするのに良いであろう。

クリスマスシーズンの商戦をまとめると、二つのホテルは、全く違った方向に進んだようだ。後藤氏は、フランスで行われた『クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティシエール』やモナコで開催された『インターナショナル・ペーストリー・トーナメント』などの国際的なケーキコンテストで優勝している。珍しい原材料や独自の調合に頼るのではなく、ケーキ作りの基本をいかに習得できたかが、国際舞台で優勝できた秘訣であると語る。このような背景から、後藤氏は、伝統的な料理ほど日本人に受け入れられ、愛されているのだと確信している。後藤氏が手掛けたケーキには、濃厚なチョコレートクリームでコーティングされたスポンジの上に、イチゴがまぶされた生チョコケーキがある。また、日本人に幅広く愛されているストロベリー・ミルフィーユがある。何層にも重ねられたパイ生地の間には、カスタードクリームとイチゴが挟まれている。

ANAインターコンチネンタルホテル東京では、グランド ハイアット 東京とは趣向の違ったケーキを楽しむことができる。世界中から集められた伝統的なクリスマスのデザートを楽しむことができる。ドイツのパンのようなフルーツケーキであるシュトレンや、フランスのバターブレッドであるブリオッシュは、日本人に少なからず知られている。このホテルが提供するデザートの一押しは、伝統的なイングリッシュ・クリスマスプディングである。

ANAインターコンチネンタルホテル東京

本場イギリスのクリスマスプディングを日本で再現することは、養父氏にとって大きな経験となった。プラム、レーズン、様々な種類のナッツ類がふんだんに含まれた蒸しケーキは、ブランデーをまぶして火にかけられる。「昨年、イギリスから、クリスマスプディングのサンプルケーキが送られてきて、日本にはない味だったので、何とかこの味を再現できないものかと試みました。しかし、短期間で仕上げるのは難しいことでした。今年は、ドライフルーツをブランデーの中に数ヶ月漬け込むことから始めました。この過程を経ることで、バランスの良いクリスマスプディングの完成にこぎつけました」ブランデーに長期間漬け込み、豊富なドライフルーツを使うことこそ、日本人にとって珍しい味わいを生み出すのだ。「今年は、30品を作るだけの材料しかありません。ベストセラーとしての期待はありませんが、本場イギリスの味を広め、クリスマスのデザートの御用達として、広く知られる存在となれば良いと思っております。また、東京で、極上のクリスマスプディングを手に入れることのできる場所として、広く認知されれば良いと思っております」クリスマスプディング以外にも、黒ゴマ、ジンジャー、黒豆を使った日本風シュトレンを販売する。

自国の懐かしいクリスマスの味を追い求めようと、エキゾチックな味と見ごたえのあるオリジナルのデザートを追い求めようと、日本では、誰の口にも合うクリスマスケーキの濃厚な味を楽しめる。私からのアドバイスは、高品質のイチゴショートケーキを手に入れることだ。

(この記事で紹介されたクリスマスケーキやデザートは、各ホテルで予約が可能である)

Story by Carol Hui
From J SELECT Magazine, December 2010
【訳: 青木真由子】