空想の旅?

格安航空会社の日本進出と、海外への格安旅行の可能性

11月に入って、そろそろクリスマス休暇のために飛行機の予約をしようと考えている人もいることだろう。しかし、航空券の値段はおどろくほど高い。日本で暮らしている人の多くは、新年を楽しく迎えるために家計のやりくりをするか、今年もまた退屈なクリスマスを過ごすかの難しい選択を迫られることになる。

ところが、こうした状況が一変する可能性がある。茨城空港の開港や、日本航空(JAL)の経営破綻、経済の低迷など、さまざまな要因によって航空券の値段が下がり、日本にも格安旅行の時代が訪れようとしているのだ。それに加えて、羽田空港では第三の旅客ターミナルの供用が始まり、関東地方における航空業界の競争は、これまで以上に激しくなることが予想されている。

事の始まりはかなり昔までさかのぼる。日本の人口の大部分は数か所の大都市圏に集中している(4000万人が首都圏で暮らしている)という事実があるにもかかわらず、茨城空港は国内の空港としては98番目に開業した。こうした状況は、次のような結果をもたらした。空港建設に乗じて政治家が税金の無駄遣いをしているという非難の声があがるようになると同時に、JALの経営破綻を招く要因の一つにもなったのだ。

JALの経営破綻によって、日本の航空業界ではさらなる規制緩和が進んだ。その結果、日本に就航する海外の航空会社が増え、競争が激しくなった。2010年9月までに全日空(ANA)は、格安航空会社を設立し、2011年下半期からサービスを開始すると発表した。また、海外路線ではすでに、今までにないバーゲン価格を導入していることを明らかにした。

9月には中国の航空会社である春秋航空(Spring Airlines)が、茨城空港から上海までの片道航空券を、5000円を切る価格で販売した。エアアジア X(AirAsia X)も、羽田・クアラルンプール線の就航を記念して、東京からマレーシアの首都・クアラルンプールまでの航空券を、5000円で販売する予定であることを発表した。新幹線と比較してみると、東京駅から静岡県の三島駅までの料金が、ほぼ5000円に近い。

格安航空会社の就航が増えると、日本にとっては深刻な結果を招く可能性がある。競争力を維持するため、JALは2015年までに、現在4万7000人いる従業員のうち、1万9000人以上を削減する予定であることを発表した。ANAの従業員(1万2900人)は、自分たちの会社が主導権を握り、JALの破綻によって開いた穴を埋めようとしていることに期待感を抱いているようだが、今後は熾烈な競争が予想される。

格安航空会社は、できる限りコストを削減することによって利益を確保しようとする。たいていの場合、機内食サービスは廃止され、できるだけ多くの乗客を機内に詰め込むために、座席の配置も変更される。社員は複数の仕事を同時におこなうことを期待されることもあり、なかには技術部門と経営企画部門の両方の業務に従事するような社員もでてくる。

空港もまた、成田空港や大阪国際空港(伊丹空港)といったハブ空港(拠点空港)から顧客を奪うべく、より多くの航空会社に滑走路を利用してもらいやすい環境を整えはじめている。

関西国際空港の場合、航空機の着陸料を80パーセント程度まで割り引くことにした。たとえば、着陸重量280トンのボーイング777では、増便を実施する航空会社に対して、2009年9月以降、58万円の着陸料を10万円まで引き下げることにした。その結果、格安航空会社の乗り入れが増え、業績も改善された。一例をあげると、大阪からフィリピンまでの航空券は、今では5万円ほどで購入可能となっている。

関西国際空港株式会社の代表取締役社長である福島伸一氏は、昨年、割引制度を発表した際、次のように述べている。「国際的な競争に勝つために、われわれは空港の利便性をいっそう向上させることを目指している。緊急措置としての割引制度導入は、自ら身を切る覚悟だ」。関西国際空港が着陸料の割り引きを当初の予定通り2011年3月に終了するかどうかは、まだ先行きが不透明だ。

茨城空港も格安航空会社を誘致する戦略を打ち出した。当初の空港建設計画では、3階建ての豪華なターミナルビルになる予定だった。茨城空港は国内で98番目の空港でもあり、東京から100キロメートル圏内に位置している。おそらく、羽田空港や成田空港と対等に競争するつもりだったと思われる。しかしながら、橋本昌・茨城県知事は、そのままでは経済的に見て自殺行為だと判断し、2007年に計画の青写真を修正した。

橋本知事が新しく提案したのは、最小限の設備を備える空港だった。出発ロビー、到着ロビー、送迎デッキは限られた広さしかなく、提供されるサービスも基本的なものに限定した。乗客はエプロン(駐機場)から直接、航空機に乗り込む。滑走路は、離陸前や着陸後に飛行機をけん引車で誘導する必要がないように設計されている。空港内には、売店やレストランもごくわずかしかない。

茨城空港は、東京からのアクセスも改善した。東京駅からのバスの便は、所要時間が1時間40分。茨城空港発の航空便利用者は、片道500円で利用できる。それに対して成田空港の場合、片道料金は1280円(所要時間1時間)だ。

橋本知事は「既存の空港と同じような空港を作っても、うまくいかなかったと思う。開業してすぐに時代遅れの空港になってしまっただろう」と今年初めにニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで語った。「われわれには逆転の発想が必要だった」

一方で、羽田空港は人気を保ちつづけている。羽田空港を発着する格安航空会社は、時の経過とともにかえって増えつつある。できるだけ安く海外に出かけたいと考える人が増えているからだ。

日本は長いあいだ、居住者が海外に出かけにくい国として有名だった。空港内のスペースは何十年にもわたってしっかりと守られていた――JALとANAという二つの主要航空会社が、羽田空港と成田空港内のかなりの面積を専有していたのだ。JALの経営破綻と景気の低迷によって、この状況は変化しつつある。

JALの破綻によって日本は、国外の航空会社による日本市場への参入を許可せざるを得ない状況になっている。そのため日本では、消費者の財布のひもが固くなるにつれて、海外旅行の資金が国外の航空会社へと流れていくようになってしまった。ここ数か月で所得の増加傾向が見られたものの、主としてそれは、時間外労働や、ボーナスによる臨時の報酬など、不確定な要素がもとになっている。一方、7月までの1年間で、基本となる給与額は下がりつづけている。日本人の平均月収は24万5443円(厚生労働省による)で、24か月連続で下落している。

こうした状況のなか、格安航空券で旅行する旅行者をターゲットにするのは、理にかなっている。しかし、そうした戦略が成功するかどうかは、航空業界の問題というより、日本という国の命運次第だといえるだろう。日本から海外に人が出て行くだけでなく、海外から日本に観光客がやって来ることも大切だ。日本にとって、観光客の受け入れという点で最大の鍵を握っている国の一つは、中国だ。今年起きた事件(中国漁船の船長が日本の海上保安庁に逮捕され、売り言葉に買い言葉の言い争いになった)が示すように、中国人観光客が大挙して日本にやって来るような状況が、今後も続く保証はどこにもない。実際、外交関係が悪化したことによって、北京の中国政府は、中国国内の旅行会社に対して、日本へのツアーを控えるように指導したのだ。

日本円の値上がりも、観光客を遠ざける要因の一つとなるかもしれない。アジア諸国の富裕層は日本を訪れる余裕があるかもしれないが、中流階級の人々にしてみれば、日本よりも近隣の諸国のほうが、自国の通貨価値が高いという状況になっている。

空港も利益を出す必要がある。それと同時に、一方では乗客を運んできてくれる航空会社を誘致することも必要だ。施設の改変や値下げだけでは、航空産業を好況時のような状態に戻すには十分でないかもしれない。

取材・文: Richard Smart
From J SELECT Magazine, December 2010
【訳: 関根光宏】