野菜を食べることは、一筋縄ではいかない

昔からのビーガン(完全菜食主義者)であろうと、好奇心の強い雑食主義者であろうと、肉を使わない食事を日本でとることは、いつでも難儀なことである。

ベジタリアンのための店を探すのは一苦労である。無理だ。気落ちがする。とてつもなくいらいらする。人生で最悪の二週間だ。これらの言葉は、ベジタリアンやビーガンに尋ねた日本での体験を表す象徴的な言葉である。矛盾しているのだ。日本食にはあまり肉類が使われていないような印象を受ける一方で、おそらくほとんどの食品に動物製品がまぎれて使われているからだ。外国にある日本食料理屋でベジタリアン向けの商品があるのは珍しくなくなってきたが、日本では、「照り焼き豆腐」という品名すら聞いたことがない。この国の仏教思想が、ベジタリアンに対して寛容である印象を受ける一方で、日本におけるベジタリアンはしばしば誤解を受け、排斥されてきた。日本におけるベジタリアンの位置づけとはどのようなものであろうか。

ベーコンは野菜なのか

一つの基本的な誤解として、言語的なものがあるように思われる。英語でお店の人に「肉(ミート)」が食べられないと訴えると、たいていの店の人は、鶏肉やハムを始めとした肉製品を受け付けないのだと推測してくれる。しかし、日本語で同様のことを言うと、半分位は、サラダにベーコンが山盛り盛られて給仕される。他にも、多くのレストランで、野菜やサラダが給仕されてくるのだが、肉付きであった。メニューには、野菜と表記されているものの、肉の有無がわかりづらいのだ。

レストランのスタッフが、質問の意味を理解したとしても、その裏にある意図を汲んでくれるのは少ないのかも知れない。トウキョウ・ビーガン・ミートアップ代表のアール・ブローリーは、友人の体験談を語ってくれた。その友人がレストランのスタッフに、出された料理に肉が含まれていることを指摘すると、彼は次のように言われたそうだ。「はい、でも、見えませんよね」肉が料理に隠れて見えなければ、それで良しとするのか!

『日本ビーガンレストランポケットガイド』の作者ヘルウィン・ワルラーブンスは、誤解される要因として、日本人の「ノー」とは言えない性格と、おもてなしの心にあるのではないかと推測する。「日本人は、たいてい外国人に対して、もてなそうとしますよね。もし、あなたがビーガンやベジタリアンだとしたら、彼らは、自分もベジタリアンのふりをしてしまいがちだと思います。『私もベジタリアン向けのものを食べるわ』と言っている一方で、彼らは、肉や魚も食べるんですよね」

僧侶とマクロビオティック

ベジタリアンにとってのこれらの困難を踏まえた上で、忘れてはならないことがある。日本は伝統的にベジタリアンの国であったのだ。数百年前まで、日本食は極めてベジタリアンに近いものであった。当時、日本人は、米、野菜、魚、海藻しか食べず、肉や乳製品を食べることは考えられないことであった。不殺生であることの仏教思想から、676年、天武天皇は、魚貝類、動物の生肉、家畜を一切食べてはならないとの通達を出した。日本は1000年以上、ベジタリアンの国だったのだ。

鎌倉時代初期の禅僧であり、日本曹洞宗の開祖であった道元は、植物性の素材だけを使った精進料理を編み出した。今日においてもなお、精進料理は、ベジタリアンやビーガンにとって、動物性の素材を排除した安心な料理として知られている。精進料理を寺院で食すスタイルは、ベジタリアンにとって魅力となっている。しかし、高価な精進料理も多く(東京都入谷にある『梵』という精進料理の店では、ランチコースが\7,000もする)、日々の食事というよりは、特別な料理という印象を与えている。

道元によって精進料理が編み出された数百年後、20世紀の初頭に、ジョージ・オオサワ(桜沢如一)という若者が病気に罹り、医師である石塚左玄の治療を受けた。石塚左玄は、薬を使わずに食事療法で患者を治癒させることで有名であった。このことに感銘を受けたジョージ・オオサワは、自らが考案したマクロビオティックを広めることとなった。すなわち、卵や乳製品、肉類、精製された砂糖や小麦粉を排除し、野菜や全粒穀物中心の食生活を追求するものである。マクロビオティックは、陰陽の考えに基づいており、バランスの悪い食事をとることは、肉体的にも精神的にも不均衡をもたらすとされている。マクロビオティックの食事には、時として魚が使われるが、大かたはビーガンに近いものであり、自然食品に基づいた食事である。マクロビオティックは、ここ数年、急速な人気の高まりを得ており、マドンナやグウィネス・パルトローなどのセレブの間にも高い支持を得ている。

マクロビオティックは日本で生まれたものであるので、基本的には日本食から白米と精製された砂糖を除外したものを想像すると良い。塩や調味料などの味付けは控えめであるので、人によっては物足りなさを覚えるかも知れない。そんな向きには、マクロビオティックの醍醐味も味わえ、舌もしっかり満足させられる店がある。『チャヤ・マクロビオティックス』である。カリフォルニア風の店内では、バジルペーストを使ったイタリア風サンドイッチ、ミートソースやチーズの代わりに雑穀や玄米餅を使用した、コクのあるクリーミーなラザニア、生クリームを使用していない豆乳ホイップクリームを使ったストロベリー・ショートケーキなどが楽しめる。

だしを取り除く

ごく平均的な日本料理屋に入る。しかし、ベジタリアンやビーガン向けの料理を探すのは難しいであろう。なぜなら、魚から作られただしが使われていない日本食は数少ないからだ。汁物や煮物などには、大抵、このだしが使われている。しかし、日本で外食することは、決して悪夢ではない。ベジタリアンやビーガンにわかりやすく「ミート・フリー(肉を使わない料理)」なレストランを紹介しているのが、『日本ビーガンレストランポケットガイド』である。日本中にあるベジタリアンやビーガンのためのお店をバイリンガルで紹介しており、動物質を含まない商品を置いているコンビニまでもが、豊富な写真で紹介されている。実際にレストランで使える日本語、例えば、『魚のだしを使わずに調理して頂けますか』や『お心遣いありがとう』などが掲載されている。世界各地を旅行した経験を持つ作者のヘルウィン・ワルラーブンスは、「東京は、アジアでも最もベジタリアン向けのお店が多いです」と語る。彼のお気に入りのベジタリアンのお店に、麻布十番にある「イートモアグリーンズ」や新大久保にある「菜食健美」がある。

先入観を持たない広い心でベジタリアン向けの食事を探せば、それは至る所にある。アンジーとアンディ・ウルフガング姉妹は、Nama Kissというローデザートの会社を運営している。ローフード(48℃以上に加熱されていない食べ物のこと)を信奉し、新鮮な果物、野菜、ナッツ、種子、スプラウト(発芽野菜)を食す。かねてから、東京では苦い思いをしてきた二人であるが、シズラーのサラダバーに救いを得た。二人は、シズラーの常連客となり、スタッフは二人の名前を覚え、訪れる度に、大きな抱擁で迎えてくれたのだ。

今のデジタル時代において、日本に住むベジタリアンやビーガン向けの情報は、オンライン上に至る所にある。Vegetokyo.comは、英語のサイトであるが、ベジタリアン向けのレシピやレストランレビュー、東京のベジタリアンコミュニティーの情報が満載である。Vege-navi.comは、バイリンガルのサイトであるが、エリアや料理の種類別にレストランサーチができ、さらに、ベジタリアンの要求に合わせて、例えば、厳格なビーガンのレストラン情報であったり、ミート・フリーの料理があるレストラン情報であったりをサーチできる。

家でベジタリアンな食事を作りたい時、健康的な食事を手にする方法はいろいろある。埼玉県にあるアリサンオーガニックセンターでは、姉妹会社のテングナチュラルフーズを通して、通信販売でアガベシロップ(竜舌蘭から作られた甘味料)からベジタリアン・ソーセージまで、食材を手にすることができる。アンディ・ウルフガングは、千葉県にある有機野菜のデリバリーサービス、無農薬野菜のミレーを勧める。そこら辺のスーパーよりも安価に野菜が手に入り、玄関まで届けてくれる。

とは言え、地元のスーパーもあなどれない。日本にあるほとんどのスーパーでは、大豆製品から干ししいたけ、種類の豊富な海藻類を手にすることができる。自宅で手軽にベジタリアン料理を楽しむことができるという訳だ。簡単に作れるだしとしては、昆布をぬれ布巾で砂・汚れをふき取り、うまみがでるように切り込みを入れて、水の中に3~4時間浸してこす。あるいは、干ししいたけで戻し汁をとることができる。味噌汁、照り焼きのタレ、他の料理などに応用することができる。

ミート・フリーの出会いと楽しみ

ベジタリアンの世界に身も心も浸りたいが、どこから始めて良いかわからない。どうすれば良いか。ウルフガング姉妹は、アール・ブローリーが主催するビーガンの集会に参加することを勧める。参加者は誰もが疑問に答えてくれ、ベジタリアンの魅力に心から浸れること請け合いだ。集会に参加するにあたって、ブローリーは言う。「参加するのに、ベジタリアンやビーガンである必要はまったくありません。ただ、お腹を空かせて参加してくれれば良いのです」集会に参加するには、meetup.comにアカウントを作り、トウキョウ・ビーガン・ミートアップにサインインすれば良い。

日本に在住するベジタリアンやビーガンに話を聞くと、彼らの訴えたいことは、きわめて明白である。すなわち、日本でベジタリアンであることは困難なことではあるが、不便さ以上に得るものの方が大きいということである。アール・ブローリーは言う。「人々は、菜食主義を厳格で極端な行為と見がちですが、実際は違うのです。雑念が取り払われ、気持ちがすっきりとし、エネルギーが沸き、自由を感じられるのです」

<アドレス・ブック>

梵(精進料理レストラン) 東京都台東区入谷1-2-11 TEL: 03-3872-0234 WEB:www.fuchubon.co.jp

チャヤ・マクロビオティックス 新宿、日比谷、汐留、横浜に支店がある。WEB:www.chayam.co.jp/restaurant

イートモアグリーンズ 東京都港区麻布十番2-2-5 TEL: 03-3798-3191 WEB:http://eatmoregreens.jp

菜食健美 東京都新宿区百人町2-21-26 TEL: 03-5332-3627
WEB:www.daisho-kikaku.com

シズラー 各地に店舗がある。
WEB: www.sizzler.jp
www.lucinalivefruitfully.com

アリサンオーガニックセンター
http://store.alishan.jp

無農薬野菜のミレー
http://www.millet.co.jp/index_c-432.html
http://www.meetup.com/vegan-389
http://vege-navi.jp

<クイック・ガイド>

ペスクタリアン 肉類はまったく食べないが、魚介類は食べる

ベジタリアン 肉類、魚介類は食べないが、卵、乳製品は食べる

ビーガン 卵、乳製品、蜂蜜を含む動物製品はまったく食べない

ロービーガン 48℃以上に加熱されていない食べ物(果物、野菜、ナッツ、種子、スプラウト(発芽野菜))を食べる

Story by Melissa Feineman
From J SELECT Magazine, November 2010
【訳: 青木真由子】