火の国

青緑色の砕けやすい火山岩で覆われた日本列島は、いつなんどき火山が噴火して、火の海になっても不思議ではないように思える。地震の多い日本列島の南端に位置する九州は、日本のそのほかの地域と比べて、そうした現象が起こりやすい場所のような印象を受ける。

Yellow lava rock from the calderas is sold as a tourist item in Aso.

のちに「阿蘇くじゅう国立公園」と名称が変更されることになる阿蘇国立公園を、1960年代初頭に飛行機の機内から眺めたイギリスの作家ジェームズ・ファローは、『Japan Behind the Fan』という旅行記の中で次のように書いている。「収穫期を迎えて黄金色に色づいた大地と、緑にうるおう森に、陽光が降り注いでいた」。こうした風景は、今でも変わっていない。熊本から阿蘇という小さな町までの道のりを、スイッチバック式の列車――鉄道の旅は阿蘇に行くための最適な手段の一つだ――で旅する乗客も、まったく同じ光景を目にすることができる。

阿蘇くじゅう国立公園の中に位置する阿蘇の町は、レストランや何か所かの日帰り温泉施設、民営のすばらしい庭園などがあるものの、基本的にはレンタカーを借りたり、宿を探したり、カルデラまでのバスの時間をチェックするための拠点となる町でしかない。この地域で暮らす人々の生活は、活火山である阿蘇の山々を中心にまわっており、それ以外の地理的な特徴はすっかり存在感を失っている。イギリスの作家で、惜しくも若くして故人となったアラン・ブースは、有名な『The Roads to Sata』の中で、方角を知るために月を探しているときに感じた阿蘇山の大きさを次のように記している。「私は月を見つけることができなかった。目の前にそびえる阿蘇山が、夜空の大半を隠していたのだ」。広大な牧草地と山々を有する阿蘇の人口は7万人ほど。火山の噴火によって形成された窪地や、緑に覆われた峡谷を見ていると、モンゴルの広大な草原を思い出す。

阿蘇の町から阿蘇山のカルデラに行くための理想的な交通手段は、自転車だ――往路は険しい登坂路となるが、帰りは至福の下り坂が待っている。あるいは、十分な時間があるのであれば、自分の足で歩くという方法もある。阿蘇山の南西の斜面沿いに広がる起伏に富んだ農地は、観光客がほとんどいない場所だが、時間さえあればいつでも行ける場所だ。緑に覆われた峡谷へと向かう小径をたどっていくと、夏でもひんやりと冷たい渓流に出る。馬の餌となる牧草地や、まるで何十トンものほうれん草をあたり一面に敷き詰めたかのような、こけむした丘もある。カルデラ壁(火山活動によってできた大きな窪地を囲む壁)の内側は、一面が緑に覆われている。緑はどこよりも深く、地味は肥えている。カルデラ盆地には田んぼや畑がパッチワークのように広がり、自然と共生しながら何世代にもわたってこの地で農業を営んでいる人々がいる。カルデラ内に入ると、道路の右手に不思議な形の構造物が目に入る。これは「米塚」と呼ばれる土塁で、表面は草で覆われている。飯茶碗を伏せたような形の土塁だ。ジッグラト(※1)や、古代の古墳を連想させる米塚の形は、実に美しい。

中岳の火口――活火山の火口であり、多くの観光客にとって、阿蘇を観光中に訪れる最も標高が高い場所――に向かう途中のバスは、円形の草原である「草千里ヶ浜(くさせんりがはま)」にも停車する。真ん中に大きな池があり、牛や馬の水飲み場となっている。乗馬クラブがあり、エスコート付きで乗馬を体験することもできる。しかし、阿蘇の広大な牧草地で草をはんでいる馬の多くは、いずれは馬刺として食べられてしまう運命にあるのだと、ついつい考えてしまう人もいるはずだ。九州の名物料理には、そのほかにもイカのバター焼き、焼きハマグリ、スズメの串焼きなどがあり、熊本市内のレストランで食べることができる。

The fire and time-seared slopes of Nakadate.

170度のマルチスクリーンが設置されている阿蘇火山博物館では、火口や火口湖のライブ映像を見ることができる。中岳の火口壁に設置された2台のカメラが、火口周辺の火山活動の様子を常時中継しているのは興味深いが、必見の場所とは言えない。火山博物館には、あまり知られていないが、オルゴールを展示した「オルゴール響和国」が併設されている。取って付けたようなこの種の観光施設は、日本の観光地でよく見られる不思議な光景の一つだと言える。

Colorations add interest to the surfaces of the caldera.

中岳に行く途中の案内標識には、「火の国へようこそ」と書かれている。いわゆる阿蘇山は五つの火山から構成されており、カルデラの外周は128キロメートルにも及んでいる。外輪山の最高峰は大観峰(だいかんぼう)で、標高は936メートル。強い硫黄臭をもつ高温のガスを噴出する中岳――火山ガスのために、ときどき立ち入りゾーンが規制される――は、現役の活火山であり、1979年に噴火している。中岳周辺の登山道には、SF小説に登場する家屋か観測所のような形をしたコンクリート製の避難所が設けられている。避難所の周辺に転がっている多数の岩石が、実際の火山活動を如実に物語っている。火口の割れ目や水面からは噴煙が立ちのぼり、湖面は沸々と沸騰している。

地下で火山活動が起こっているということは、温泉があることを意味している。源泉が最も多いのはカルデラ内だが、カルデラの周囲にも温泉地がある。また、大名たちが参勤交代で江戸に向かうときに通った二重峠(ふたえとうげ)に通じる石畳の道も、ほぼ往事のままの姿で保存されている。熊本で暮らしていたことのある夏目漱石の銅像もある。銅像の漱石は、優れた作家でありながら神経症を患い、伝記作家や親族が伝えているようなヒステリーの発作を起こしたり暴力をふるったりした人物というよりは、儒者のような柔和な表情をしている。

中岳にはロープウェーがあり、晴れた日には青緑色の美しい火口湖など、火口の様子を見ることができる。見晴らしのよいところから火口を眺めようと、観光客の少ない登山道を登って中岳の山頂まで行く人もいる。一般の観光客は、ロープウェーの終点から歩き始めて中岳に行き、火口壁周辺をぐるりとまわって仙酔峡へと下るルートをとる。

Time can stand still in the strange landscape of Sunasenri.

観光客はあまり行かないようだが、中岳の東側にある「砂千里(すなせんり)」と呼ばれる区域には火山灰が積もり、まるで灰の海のような光景が広がっている。ときどき訪れる観光客の足跡のほかに、ヒマラヤで見かけるようなケルン(石塚)や堆積物などを見ていると、砂千里のどこかに、海の生き物の化石や、錆びついた月面探査車が見つかるのではないかと想像をふくらませてしてしまう。荒涼とした風景や地層に見とれていると、時間を忘れる。駐車場まで戻ったときには、最終バスの出発時間(午後5時)がすぎていた。阿蘇駅まで歩いて3時間の道のりは、ほとんどが下り坂で交通量も少ないものの、日が暮れても明かりがなく、漆黒の松林と藪の中を通り抜ける道を徒歩で移動するのは、人にはあまりお勧めできない。

旅行情報

熊本から阿蘇までは路線バスが運行している(九州国際観光バス)。JR豊肥本線が、スイッチバックしながら熊本と阿蘇のあいだを90分で結んでいる。途中の景色もすばらしい。阿蘇は5月から夏の終わりまで緑に覆われる。この時期の牧草地は青々としてきれいだが、それ以外の時期は褐色で覆われる。「宿房あそ」(電話:0967-34-0194)は古い農家を利用した雰囲気のある民宿。食事もおいしく、オーナーは英語を話す。「民宿阿蘇のふもと」もおすすめだ。一泊4500円(素泊まり)。阿蘇にはレストランがあまりないので、宿泊する宿で食事を頼むのが賢明だ。

年中行事&イベント:

  • 阿蘇クリスマス・バルーンフェスティバル(12月23~24日)――色とりどりの熱気球が大空に舞う
  • 火振り神事(3月3日)――阿蘇神社でおこなわれる神事

訳注:

(※1:ジッグラト)古代バビロニアやアッシリアのピラミッド形の神殿

Story and Photographs by Stephen Mansfield
From J SELECT Magazine, September 2010 掲載
[訳: 関根光宏]