夜の浅草

何世紀にも渡り、東京の北東に位置する浅草は、文化の中心地として栄えた。
東京の郊外に位置する浅草は、小さな漁村であった。浅草寺とそれに隣接する浅草神社を囲むように村は発展した。浅草寺も浅草神社も、漁師によって草創された。19世紀後半には、東京の中心へ伸びる東海道沿いに位置する銀座や品川などをしのぎ、浅草は様々な形態のエンターテインメントの中心地となった。当時、池袋や新宿、渋谷、六本木などは、地図にほとんど載らないほど、知られていない小さな村であった。
街角のあちらこちらに、様々な形・大きさの劇場を目にすることができた。そのエンターテインメントは、歌舞伎から浅草オペラ、ヨーロッパ劇を真似たものまで様々であった。次第に劇場の周りには、様々な料理を提供する
(値段も様々だ)レストランが建ち並び始めた。旅行者のためにホテルが建ち並び、銭湯も建てられた(今から100年前、庶民の家には風呂などなかった)。浅草の町中には遊廓は存在しない。徳川将軍の時代から、その命により、遊廓は浅草北部の一か所に集められ、吉原遊廓と呼ばれた。かつて、吉原遊廓があった場所には、今では「ソープランド」と呼ばれる店が建ち並び、けばけばしい看板やネオンサインが夜空を照らし、男性を誘惑している。
21世紀の最初の10年が終わる今日において、夜の遊び場としては、新宿や渋谷にくらべると浅草は人気がやや劣るが、人々を惹きつける街として、数々のエンターテインメントが満載である。外国からの観光客にとって、浅草は必見の街である。昼間の浅草で真っ先に思い浮かぶのが浅草寺であろうが、夜の帳が降り、ネオンが瞬き始めると、浅草は違った表情を見せる。
東の馬道通り、西の国際通りに挟まれるように薄暗い路地と大通りが格子状に張り巡らされている。この一帯が、浅草エンターテインメントのメインエリアだ。それを楽しむために、一日数千人が訪れる。肩を並べて座るママさんがいる大衆向けのお店や、バー、レストラン、日本の伝統工芸品を売る土産物屋が軒を連ねる。これらの店では、昔ながらの伝統が重んじられている。しかし、人で賑わう仲見世通りにある土産物屋には、伝統という言葉はやや適当ではないかも知れない。ブラジルや南米に渡った日本人が、初めて収穫したコーヒーの豆を浅草に無償で提供した。コーヒーは、たちまち日本中を夢中にさせた。今まで緑茶にしか興味がなかった人々をカフェインの魅力に引き込み、もっと輸入してほしいとの声が高まった。このことは、今日においてもなお、スーパーマーケットやキャンディーショップなどで活用されている。試食品を提供して、さらにお客さんに買ってもらおうという手法だ。
何百ものレストランが、毎夜、お客さんを呼び込もうと仕事に精を出す。立ち蕎麦屋からリラックスできるレストランまで、お客さんは身も心も文化、歴史、そして、おいしい食事に浸ることができる。浅草にはすべてが揃っている。日本食から洋食まで、安い食事処がここ一帯に広がる。そのほとんどが夜遅くまで営業しており、終電まで浅草で有名な電気ブラン(お酒の一種)を楽しみたい向きには、うってつけだ。高級なレストランはあまり見られない。あるいは、夜には営業していなかったりする。夜遅くまで営業している高級なレストランをお探しであれば、和えん亭吉幸(www.waentei-kikko.com)がお勧めだ。オーナーは、なんと三味線奏者である。
浅草の北西に位置する浅草雷5656会館では、落語を小さな会場で楽しめる。その南には、昔ながらの木製のローラーコースターなどが楽しめる遊園地、浅草花やしきがある。いくつかの乗り物は夜遅くまで営業しているので、奇妙な人の叫び声が、200m南東に位置する浅草寺や浅草神社まで響く。
浅草ロック座、浅草演芸ホール、浅草木馬館大衆劇場などの小さな劇場は、浅草寺の西に位置する。これらの小劇場(現存しないものもある)は、多くの有名な俳優、女優を輩出した。最も有名な浅草の小劇場出身の俳優と言えば、人気の高い「エノケン」こと榎本健一であろう。今でも、日本の演劇界で最も秀でた俳優であり、初期のテレビ界で活躍した俳優として高く評価されている。
伝法院の向い側には、公費により建てられた浅草公会堂がある。小劇場にくらべると、多くの人数を収容でき、座席数は1,082席である。歌舞伎から漫才、映画の上映、舞踏など様々な催し物が開催されている。催し物が行われていない時でも、世界中から多くの観光客を惹きつけてやまない。彼らの目当ては、浅草公会堂の入口付近の足元にずらりと並ぶ金属製の手形である。この公会堂の催し物に出演したあらゆる芸能人の手形を見ることができる。毎年1月に開催される新春浅草歌舞伎の時期には、新しい手形が追加され、多くの人で賑わう。
浅草では様々な楽しみ方があるが、最も安く、シンプルにエンターテインメントが楽しめる場所であろう。日暮れ後、五重塔と寺院から伸びた道々を散策すれば、浅草の違った面を存分に楽しめるに違いない。名もなき小道を、犬を連れて歩く地元の人を眺めるのも、また一つの楽しみ方かも知れない。小さな食堂や古くからあるコーヒー店(中には、国内最古のものもある)は、安くておいしくて何回通っても良い。時間が許す限り、ゆったりと浅草の夜を散策し、何世代も前の浅草に浸ってみるのも良いであろう。次に来る時には、より浅草に詳しい自分がいることに気付くであろう。

Story by Mark Buckton
J SELECT Magazine, March 2010 掲載
【訳: 青木真由子】