ジェイク・アデルステイン

我々の知る限り、ジェイク・アデルステインは、警視庁の記者クラブへのアクセス権を持つ唯一のアメリカ人ジャーナリストである。苦労して得た知識と経験を我々に話してくれることになった。彼の著書『Tokyo Vice: An American Reporter on the Police Beat in Japan』には、読売新聞の犯罪事件のレポーターだった頃の体験が綴られている。10年間に一つという大スクープを手に入れたが、同時に、暴力団後藤組に友人や彼自身が襲われる危険と直面した。
アデルステインは、後藤組組長、後藤忠正組長が、2001年、連邦捜査局(FBI)との取引の末、米国内で肝臓移植手術を受けたことを突き止めた。このスクープが記事になる前に、後藤自身がスクープの情報を知るところとなり、アデルステインは、警察の保護の下にあった。
危険は、決して軽く見てはいけないとアデルステインは語った。「やくざの世界には、『かたぎに迷惑をかけない』という言葉があります。一般市民に面倒をかけないという意味ですが、後藤組は、そのルールを無視したからこそ、力を得た暴力団です。後藤組は、家族の前で人を襲うのを好みます。その方が、ダメージが大きいからです」
「金で買収された警官により、私の通話記録がすべて相手側に渡っていると知った時、とても危ない状況にあると知りました。そして、『どうやって自分の身はおろか、友人たちの身を守ったらいいのだろうか』と考えました。友人関係が崩れてしまう恐怖もありました。でも、友人たちに電話して、『あなたは危険にさらされている。でも、私にはどうすることもできない』と伝えなければなりませんでした」
『Tokyo Vice: An American Reporter on the Police Beat in Japan』の中で、アデルステインは、12年間の読売新聞の犯罪事件レポーターとして、やくざの組長との争いや様々な体験を綴っている。この本は、大変な評判を得た。「本に対する反応は良いものでした。書評も素晴らしいものが多かったです。本の内容に興味を持ってくれるとは思っていましたが、これほど高い評価を得るとは思っていなかったです。売上も好調で、今、第三版を刷っています」
本はオーストラリアでも出版された。「オーストラリアでは、『An American Reporter』から『A Western Reporter』に題名が変えられていた。アメリカ人が嫌われているせいでしょう」
本は、レポーターとしての彼自身についてだけでなく、日本に住む外国人の視点でも書かれている。道徳的な葛藤や、彼の周りで起こった出来事がもたらした喪失感についても綴られている。「元々は、同じジャーナリストに向けて書いたものですが、これを読んで下さった方は、ジャーナリズム、日本、犯罪、やくざなどに興味を抱かれたのだと思います。そして、回顧録としての側面にも興味を持たれたのだと思います。元々は、日本社会やジャーナリズムに興味を持つ方々に向けて書いたつもりでしたが、それ以外の多くの人々にも興味を持ってもらえたようです」
トレードマークであるインドネシア製のタバコを吸いながら、彼は、好きな章は、犯罪について書かれた章ではないと、語った。「日本のマニュアル本について書かれた章が気に入っています。何事も完璧にこなせると思っている日本人の妄想を良く表しているからです。もし、誰もが完璧な方法を知っているとしたら、すべてが崩れ去ってしまうでしょう。そのことを知ってこそ、方向転換を図ることができ、新しい手法を試みることもできるのです。それは、あらゆることに適用できます。セックスの仕方やお風呂の入り方などです」
同僚が、読売新聞社から、もう記事を書かなくて良いと告げられた後に自殺をしたことについて書いた章も好きな章だと言う。「多くの会社は首にはしませんが、辞めたくなるように、居心地の悪い思いをさせます」アデルステインは、日本の会社について語った。
その章で、筆者は『やるせない』という言葉について語っている。英語に訳すのは難しいが、いつまでも残る深い悲しみと後悔の念を意味する。彼は、同僚であり友人である彼女が自殺をする数日前に送られたメールを開かなかったばかりに、そのような思いに満たされた。このことは、なぜ彼が毎朝メールを確認するように私に注意したのかを理解する手掛かりを与えてくれた。「あの章は、8時間位で一気に書き上げました。カタルシスの効果があったと思います。周りの人は、なぜ彼女の自殺後もメールを開かないのかと不思議がりますが、メールの内容を知ったところで、何も変わりません」
アデルステインは今、著作の日本語への翻訳に取り組んでいる。しかし、出版社探しに苦労している。「ある日本のエージェンシーが、私の本の宣伝に回っていますが、文中に出てくる創価学会やバーニングプロダクションなど、日本のタブーに触れていることが、人々を怖がらせています」本の中で、アデルステインは、やくざと芸能プロダクションの関係について書いている。また、恒久平和を説く宗教法人創価学会が、後藤組とつながっているとする警察庁からの報告についても言及している。
「今、三つの出版社が興味を持ってくれていますが、本の編集はしたくないのです。論争の起こりそうな箇所を黒のマーカーで塗りつぶして出版するというのはどうでしょう。そうすれば、読者はその箇所を英文と照らし合わせ、内容を確認することができます。今も癒えない。「もしあの時こうしていたら・・・と考えるのが、一番つらいです。頭の中で、何度も何度も考えてしまうのです。そう考えてしまうのも無理はないことかも知れません。難しいですね」
大きな犠牲を払って、潜入取材をするジャーナリストとして日々を過ごしてきた。しかし、読売新聞社ではなく、危険のないソニーから来ていた仕事のオファーを受けていたか聞いてみた。彼は、きっぱり否定した。「私には二つ、後悔していることがあります。一つは、友人に仕事を手伝ってくれるように頼んだことです。彼女は情緒不安定になり、麻薬に溺れてしまいました。いつでも、自分の限界を知っていなくてはなりません。二つ目は、私は彼女を友人として愛していましたが、それを彼女は言葉で聞きたかっただろうに、私はそれを上手く伝えることができませんでした」
やくざからの恐怖により友人を失ったことは、とてもつらいことであったと語る。「この仕事をしていて一番つらいのは、良い友人をたくさん失ったことです。彼らを危険に晒したせいで怒らせたこともあります。そのことについて、彼らを責められません。友人の一人は、話をしてくれない程怒っていて、それは友人を失うのと同様につらいことかも知れません。でも、そこには、関係を修復できる可能性は残されています」
後藤忠正は後に、山口組から除籍処分を受け、やくざの世界から身を引いた。犯した罪を後悔し、今はアジアで暮らす人々を助ける仕事をしている。「彼はやくざの世界を追い出される際に、こう言ったそうです。『あのユダヤ人記者、くたばれ、殺してやりたい。』そのことが私に伝わり、少なくとも彼は、私のことを知っているのだと知りました。署名入りの記事を書くことが好きになった瞬間でした。彼は今では自分の犯した罪を後悔しているようですが、誰でも心を改めるチャンスがあるのだと思います。でも、どうしたらその境地に到達できるのでしょうか。後藤は良い人間であるとされ、何事もなかったかのように過ごしている。公平でないと感じます」
潜入取材をするジャーナリストとして活動を続けるアデルステインであるが、彼は今、ポラリスプロジェクトという人身売買や児童ポルノを食い止める活動をするNPOと活動している。
「ポラリスの活動の一つとして、日本政府に児童ポルノを禁止する法律の改正を促すことがあります。いまだに児童ポルノを所有していることは、日本では合法です。日本とロシアは、個人の快楽のために児童ポルノ所持を認めている数少ない国なのです」
違法者の家を捜索するために令状を取るのが困難な警察にとって、このことは一つの課題となっている。なぜなら、日本では、児童ポルノをダウンロードしたり、所持したりすることは違法ではないからだ。「毎年FBIが、何百人もの児童ポルノをダウンロードする日本人の情報を提供してきました。しかし、ただダウンロードしているだけでは、日本では犯罪者にならないのです」
20年間、警察と共に仕事をしてきたアデルステインが感じるのは、警察が抱える問題は法律にあるということである。「警察は法律を作れません。警察ができることは、法律が存在することを世に知らしめることです」彼は、児童ポルノの所持を違法とする法律をすぐに民主党が制定できるかどうか疑問を抱いている。ポラリスとの活動や日本語の翻訳などの他に、アデルステインは、二冊の本を執筆中である。二冊とも、東京の裏社会の現在と歴史について書いている。彼は、東京の暗部に焦点を当てて書いているが、第二の故郷を悪い印象で書くことには慎重である。
「私の仕事は、国の暗部を見つめることにあります。しかし、これが日本のすべてではありません」

Story by Richard Smart
J SELECT Magazine, May 2010 掲載
【訳: 青木真由子】