シュガーロード

小浜島(こはまじま)は統計上の人口が436人の小さな島だ。八重山列島の小島に見られる昔ながらの特徴を備えている。簡素な港の周辺には人家がほとんどない。島をぐるりと一周する道路があり、集落は島の中心部にある。これらはすべて、台風や津波から身を守るための方法なのだ。集落そのものも、小さな島における伝統的な集落の典型例だといえる。ほんの数軒のコンクリート造りの家と民宿を除けば、ほとんどの家は昔風の平屋造りで、程度の差はあるものの、それぞれどこかしら破損している。このことは、沖縄県が裕福な県ではないという事実を物語っている。
小浜島は、石垣島と西表島のあいだに位置し、美しい青い海に囲まれている。島の周辺の海域は「ヨナラ水道」と呼ばれ、巨大なマンタの通り道として有名なポイントだ。小浜島は周囲が16.6キロメートルの小さな島なので、朝早く出発すれば、スクーターか自転車で島を一周することができる。小浜島と周辺の海域は、西表石垣国立公園の一部になっている。そのため一定の環境保護が図られている(そうでなければ環境保護は進んでいなかったかもしれない)。
沖縄県南部・八重山地方の青い海の上に散在する、そのほかの小さな島々と同じように、小浜島に行ったとしても特別な何かがあるわけではない。しかし、こうした離島の自然や、雰囲気、日々の生活のあり方などに興味がある人にとっては、まさにおすすめの島だといえる。
小浜島の集落は魅力的な集落だといえるが、近隣の島、たとえば竹富島の集落のように、手入れされた美しさがあるわけではない。小浜島は人々がごくふつうに生活している島なのだ。島の生活は、農業や漁業に従事している島民の日常生活を中心に回っている。単純だが骨の折れる仕事に従事しているためだと思われるが、島民は人懐こく、総じて素朴な人が多い。他の地域ではほとんど失われてしまった共有・協働意識も持っているようだ。学校が休みに入ると、若者たちは両親や祖父母が経営するお店や、貸自転車屋のような商売、農作業などを手伝う。島に暮らす人は皆、心のこもったあいさつを交わし合い、おしゃべりを楽しむ時間的余裕を持っている。
小浜島にはそれなりに観光客も訪れるが、それ以外はこの上なく静かな島だ。筆者が行ったときには、フェリーから下船したのは6人だった(そのうち2人は地元の人)。小さな島の例に漏れず、居住者は少ない。現在、この島で暮らしている人の数は615人。小学校と中学校が一緒になった小浜小中学校では、50人ほどの子供たちが学んでいる。とても設備の整った学校で、コバルトブルーの海を眼下に見下ろすことができる。小浜島で暮らしている人の数は、少ないように思えるかもしれない。しかし、周辺の小さな島と比較してみると、島の人口は増加傾向にある。たとえば近くにあるパナリ島(=新城島・あらぐすくじま)には、居住者がたった7人しかいない。
小浜島には泊まりがけで行くのがおすすめだが、島内の主な見どころは、一日で簡単に見て回ることができる。港がある地区は、もともとは漁村(沖縄本島の糸満から移り住んできた漁師の集落)だった。港の南にあるトゥマールビーチは、来島者の多くが到着後すぐに向かう場所だ。だが、その先に行くと、さらに人里離れた感じの細崎(くばざき)がある。細崎の白砂のビーチは、貝殻集めの名所として知られている。
島内には高さ99メートルの大岳(うふだき)という「山」がある。低いとはいえ、特に夏は、頂上まで登るのはたいへんだ。この山はもともと竹富島にあったのだが、神様が小浜島に移したのだと言い伝えられている。だとすれば、竹富島がきわめて平坦な理由もよくわかる。大岳の頂上からは、西表島、黒島、波照間島、パナリ島などを見渡すことができる。島の民謡「小浜節」にもうたわれているように、まさに感動的な景色だ。小浜島の名前は、NHKで数年前に放送された感傷的なテレビドラマ『ちゅらさん』の舞台になったことでも知られている。
大岳の頂上にある展望台からは、嘉弥真島(かやまじま、またの名を「ウサギ島」という)も見ることができる。小浜島から船で10分ほどのところにあるこの島には、数千羽の白ウサギが生息している。シュノーケリングの名所としても有名だ。また、その海岸沿いは、白い砂浜でできた「幻の島」を観察するための絶好のポイントでもある。「幻の島」は、干潮時のみ姿をあらわす。気候変動や海水面上昇の前兆でないことを願うばかりだ。八重山列島の中でも魅力的な島の一つである竹富島も、平坦なうえに海抜が低く、同じように将来が心配される。
小浜島では何世紀にもわたって稲作が行われてきたが、島一番の農作物はサトウキビである。砂糖は、島の経済を支える産業として、観光に次いで二番目に重要な地位を占めている。八重山列島の亜熱帯の島々では、気候や栽培条件が大きく異なる。そのため、サトウキビの収穫は、ほとんどが10月以降に行われている。八重山の他の島々と同じく、小浜島でも、サトウキビの収穫はいまだに手作業(手刈り)で行われている。島の人口が少ないため、県外からも季節労働者を募っている。「小浜島ファーム」では、「サトウキビ収穫体験」と銘打って、独自のボランティアプログラムを企画している。給料は出ないが、3食付きで1〜3カ月ほど農家に住み込み、人の背丈よりも高いサトウキビの手刈り作業を手伝う。小浜島には、サトウキビ畑の中を突っ切るように延びる「シュガーロード」がある。だが、サトウキビが刈り取られると、どこにでもある普通の道に戻る。
島の西部の海岸沿いに広がるマングローブ林は、一年を通して楽しめる風景だ。マングローブ林に抜ける小道を、湾曲する海岸近くまで歩いて行くと、保護されたマングローブの群落を見ることができる。コンクリートの保護壁と階段状の展望デッキが設置されており、見た目には目障りだが、そこからの眺めや、近くまで行けることなど、実用性という点では便利だ。ここは、夕暮れ時の散策に絶好の場所だといえる。夕日に染まるあかね色の海を背景に、マングローブ林がサーモンピンクから紫色へと次第に変化していく様子が楽しめる。ただし、八重山の島々には毒蛇がいるので注意が必要だ。筆者も一度だけ、小浜島に生息する「百歩蛇(ひゃっぽだ)」に出くわしたことがあり、かまれないように離れた距離から観察した。その名前は、大きさに由来するのではなく、かまれると百歩も歩かないうちに死んでしまうという言い伝えに由来している。
つまるところこの島の魅力は、集落そのものにあるといえるだろう。気さくな人々や楽しげな生活風景が、訪れる人の心を引きつけてやまない。自然や、この島特有の風物が、家々と庭にあふれている。家の敷地はサンゴの石垣で囲まれている。古い家では、さらにその内側に、もう一つサンゴの石垣を築き、庭をぐるりと囲んでいるところもある。これは、中国で見られる魔除けの風習に類似している。風除けにもなり、プライバシーも保たれる。外側の石垣は、日本庭園に見られるように、幾何学的・直線的なデザインにはなっていない。その代わりに、花々やハラン(葉蘭)、つる植物(蔓植物)などを育てる棚の役割を果たしている。石垣は、マロー(ペポカボチャ)のような野菜を育てるための支柱として、わざわざ二重にすることもある。ゴーヤ(ニガウリ)の棚は、パパイヤ、バナナ、イチジク、マンゴーの木などとうまい具合に調和している。古井戸の跡、水がめ、古びた木製のテーブル、植木鉢等が、雑然としながらも、どこか心落ち着く空間をつくり出している。
庭に見られる装飾的な景観は、この島の気候を反映しているといえるが、文化的な違いにもよっている。たとえば、風鈴や貝殻、屋根や庭の入り口を飾るシーサーと呼ばれる焼き物の獅子像などがそうだ。また、とげ状の突起があるサンゴ岩を装飾に使っている点は、ごつごつした岩が中国で好まれていることと共通点がある。おそらく、こうした発想が最初に登場したのは、海に囲まれた小さな島の生活から生み出された、サンゴを使った庭だったと考えられる。
同じ庭でも、本土で見られる日本庭園は、静かに落ち着いて鑑賞することを意図して造られている。一方、沖縄の庭は、生活と密着している。沖縄では、自然について深く考えをめぐらすための空間よりも、自然とじかに触れ合う空間の方が多いのだ。地元の人は、木陰に座り、ともに語り合う。自然の香りをかぎ、自然を肌で直接感じている。色に対する感覚も、ここではまったく異なっている。砂の多い土壌、はなやかで美しいトロピカルフラワー、明るいトーンの使い古された品々、潮風に浸食された木製のベランダ、家のひさし、柱、透き通るような青い空を背景にした朱色の屋根瓦などが、独特の色彩を放っている。
民宿に泊まるのであれば(民宿はこの島の雰囲気を感じるには一番の宿だ)、その庭でひとときを過ごすこともあるだろう。民宿の庭は、この島全体がそうであるように、小さいながらも平和のサンクチュアリ
(聖域)なのだ。心ゆくまでこの島に滞在すれば、誰でも沖縄の魅力に心奪われてしまうことだろう。

旅行情報:
石垣港から小浜島までは定期船が運航している。安栄観光の第一便は午前7時発。所要時間は約30分。
「はいむるぶしリゾート」(電話:0980-85-3111、ウェブサイト:http://www.haimurabushi.co.jp)は高価だが、そのぶん快適に過ごせる。バリ島スタイルを取り入れた高級リゾートホテル「ヴィラ・ハピラパナ」(電話:0980-84-6300)も、同様に満足度が高い。客室はオーシャンビューで、プライベートバスルーム付き。安く泊まるなら「民宿みやら」(電話:0980-85-3553)、「民宿比嘉荘」(電話:0980-85-3150)がおすすめだ。
小浜港にある観光案内所では、レンタサイクルを借りることができる。ただし、サイクリングは(特に夏には)あまりおすすめできない。レンタルスクーターを利用した方がよい。桟橋の目の前に2軒のレンタルショップがある。
集落内には小さな沖縄そばの店がある。上記の宿泊施設でも食事が可能だ。あるいは集落内の商店で食べ物を購入することもできる。

Story and pictures by Stephen Mansfield
J SELECT Magazine, March 2010 掲載
【訳: 関根光宏】