30万頭殺処分の犬を救え!

1970年代後半から1980年代にかけて、日本は豊かさを謳歌した。窮屈な共同住宅を出て、大きな家を購入する人も増えた。念願の一戸建てやマンションを手に入れると、彼らは犬を飼いはじめた。犬を飼うことで、近所の人たちや友人に、自分が金持ちであることを示すことができたのだ。こうして、日本の「ペットブーム」が始まった。その後、日本の景気は後退したが、ペットブームの勢いはいまだに衰えていない。
犬を飼うことは、財力を誇示するための方法として最適だった。ペットブームがやってくると、より大きな犬や珍しい犬を飼うことが、よいことだと考えられるようになった。要するに、ランボルギーニ(イタリア製のスポーツカー)を買うお金があるのに、わざわざホンダの車に乗る人はいないだろう、という論理だ。自宅を購入した人は、同時に犬も飼うようになった。1980年代にもっとも人気があったのは、意外なことにハスキー犬(シベリアン・ハスキー)だった。
ペットブームの最初の数年間は、悲惨な結果に終わった。ペットショップから買い取られたハスキー犬は、本来は1日に何キロメートルも走り回る性質があるのに、マンションの高層階で暮らしたり、湿度の高い場所で暮らしたりしなければならなかったのだ。それだけでなく、ハスキー犬に限らないことだが、ペットブームに乗って犬を飼いはじめた飼い主にとっては、犬特有の性質でさえも、思ってもみないほどやっかいなことだった。
大きな声でほえたり、毛が抜けたり、あるいは決まった時間に餌をやったり、散歩に連れていったりしなければならないことは、新米の飼い主を閉口させた。しかもハスキー犬は、最初のうちは小さくてかわいかったが、成長するにつれてどんどん大きくなっていった。その結果、保健所や動物愛護施設のガス室は、捨てられた犬であふれかえった。辺ぴな場所に連れていかれてそのまま置き去りにされ、猟銃の犠牲になってしまう犬も多かった。

繁殖地獄

最初のペットブームから四半世紀以上が過ぎ、日本にはペットショップやペットの美容院、ドッグカフェなどがあちこちにある。おしゃれな街に行けば、最新の犬用デザイナーズショップもある。そんな日本において、犬をめぐる問題が存在することは、にわかに信じがたい。
日本において、犬をめぐって議論の対象となるのは、犬の足の裏には肉球があってそれが靴の代わりになるのに、なぜ靴を履かせる必要があるのか、という点ぐらいだろうと思われる。あるいは同様に、犬には毛皮があってそれが洋服の代わりになるのに、なぜルイ・ヴィトンの服を着せる必要があるのか、という点ぐらいではないだろうか。一方、ベビーカーに乗せられたまま散歩に出かける犬の方も、自分がいかに恵まれているかを自覚すべきなのかもしれない。4本の健康な足があるにもかかわらず、歩く必要さえないのだから。
残念なことに、日本には次のような事実が存在している。毎年、30万頭もの犬が捨てられ、地方自治体の施設で殺処分されているのだ。子犬の時期を通り過ぎてしまい、ハイヒールを履いた20歳代の女の子たちが、声をそろえて「かわいい!」と言ってくれなくなってしまった犬たちが、動物保護施設にあふれかえっている。犬だって年を取るのがあたりまえなのに、誰もそういうふうには考えてくれないのだ。
30万頭というのは公的に発表された数であって、実際にはその4倍を超えているのではないかと動物愛護活動家たちは考えている。「セリーナ」という名前の女性(本名は公表せず、日本人であるかどうかについても、肯定も否定もしていない)が、日本で行われている怪しげな犬の取引について、くわしく話してくれた。
「わたしは東京、大阪、名古屋と、人生のほとんどを日本で暮らしてきた。知人や親類を訪ねてオーストラリアやニュージーランド、イギリスとも頻繁に行き来している」と、20歳代後半のセリーナは語る。
「問題は、犬だけにかかわることではなく、動物全般に関係しているといえる。でも、犬のおかれている状況を少し知るだけでも、目と鼻の先で起こっている、動物に対する残虐な行為について知るための一歩となる。この問題は、日本だけの問題ではない」と彼女は続ける。
セリーナは情熱家で、したたかに知性を漂わせている。そして、自分は
「活動家」のたぐいではなく、ただ単に「動物に関する問題点を人々に知ってもらう」ために行動しているのだと主張している。彼女は日本で、不快な思いをすることに慣れていない人たちを怒らせてしまい、身の危険を感じて出国しなければならない状況に陥ってしまったこともあるという。この点に関して彼女は、「それだけの価値がある」のだと断言した。彼女はサンダル履きのヒッピーでもないし、ビーガン(完全菜食主義者)でもない。髪の毛をドレッドにしているわけでもなければ、麻のバッグをもっているわけでもない。いくぶん小柄でファッション意識の高い、魅力的な女性なのだ。彼女を見ていると、この小柄な女性に4回も逮捕歴があるなんて、少し信じがたい気がした。
ところが、彼女の話を聞いていると、その理由がすぐに判明した。同時に、彼女はまったくの善人なのだということがよくわかった。彼女はなにか間違ったことをしたのだろうか? たしかにその行動自体は、間違っていると言われても仕方がない面があるのかもしれないが、この質問に対する答えは、あきらかに「ノー」だ。セリーナは常に、政治や官僚制度よりもかなり進んだ地点に立っていたので、既存の枠の中で行動するには無理があったのだ。それゆえに、独自の道を進もうと決心して、より積極的な行動を開始したのである。
「犬というのはとてもかわいい生き物で、道端や公園で飼い主からかわいがられているのを見ていると、犬にまつわる問題なんて、はたして存在するのだろうかと一般の人は思うかもしれない。でも、実際はそうではない。飼い主に飼われている犬の大部分は、ペット事業として登録されている正規のペットショップで売られていたものであろう。しかし、一部には暴力団などが経営する劣悪なペットショップもあり、そういったお店は、一見すると価格設定も手ごろで、比較的きれいな店構えをしている。動物好きで、知識も豊富そうに見えるスタッフがいたりもする。ところがその裏では、卑劣きわまりない行為が行われている」とセリーナは主張する。
「第一に、そうしたお店は、チワワやトイプードル、ミニチュアダックスフントのような『ファッショナブル』な犬など、かわいくて売れる犬を主として輸入する、違法な飼育業者とつながっている。犬たちは、世界各地──たとえばイギリス、ドイツ、メキシコ、それにキューバなど──の悪徳飼育業者から輸入されている。新宿、池袋、六本木など、人通りの多い場所にあるペットショップは、上品な店構えをしているけれど、一方で飼育場に目を向けてみると、ごみごみとして不潔で、ひどい状態なのだ。そこでは1匹の雌犬が、繁殖を強要されて死ぬまでこき使われている。生まれてくる子犬が小さすぎたりすると、その雌犬はすぐに殺されてしまう。殺されるといっても、安らかに死ねるわけではなく、窒息させられたり、溺死させられたりする。多少運がよい場合でも、のどを切られて放置され、出血死させられる」
「子犬の大部分は、親も含めて健康上の配慮などされずに、同系交配(近親交配)によって繁殖が行われている。数年間にわたって、こうした飼育業者を何百カ所も調べてみたが、清潔な状態に保たれた、思いやりのある環境を維持しているところなど一カ所もなかった。どこもみな同じ問題を抱えていた。悲しげな表情、精神的疾患、病気、虐待に次ぐ虐待……。ところが、暴力団とのつながりがあるために、警察はなかなか動いてくれない。だからわたしたちが行動を開始した」とセリーナは事もなげに言う。

生命の尊重

猥雑で評判のよくない地域には、ペットショップがある。このことは、都会に住み慣れた人にとっては、それほど意外なことではない。たとえば、東京の歌舞伎町がよい例だ。率直に言うと、歌舞伎町で買えないものはない。同じことは、似たような場所ならどこでも当てはまる。
以前、道徳観念を欠いた哀れなサラリーマンが、「援助」しているホステスをうまく操ろうとして、お金に抜け目のない彼女たちにブランド品をプレゼントする行為が、広く行われていると報じられていた。どうやらこうした男性たちは、次のような事実に気づいていないようだ。金銭感覚にすぐれた彼女たちは、同じもくろみをもった複数の男性に、まったく同じブランド品を購入してもらう。そして、そのうちの一つだけを自分の手元に置き、それ以外の戦利品は購入した店にもっていき、それなりの値段で引き取ってもらうのだ。この手の店は、風俗街に行くと一定間隔で存在していて、明け方まで営業している。こうした店が、クラブやそこで働いている女性たちと結託していることは、言うまでもない。
ブランド品が「バッグ」ではなく
「犬」になっただけで、同じようなことは今でも行われている。犬は、風俗街では新しい貨幣の役割を果たしている。トイプードルなどは、場合によっては50万円以上で取引される。買われた犬は、翌日になると同じ店に引き取られ、ふたたび「転売」される。女性、クラブ、ペットショップの三者にとって、かなりのもうけになる。
1973年に日本で制定された「動物の愛護及び管理に関する法律」は、いわゆる「ざる法」だといわれている
(自治体や警察によってあまり重視されていないだけでなく、法的拘束力もない)。ごく少数の凶悪な虐待行為だけが、取るに足らないような罰金(3万円を超えることはめったにない)で罰せられるだけなのだ。ちなみに3万円の罰金というのは、自転車泥棒に対する罰金よりも少ない。
しかしながら、こうした現状に対して異議をとなえる自治体もある。たとえば、熊本市が運営する動物愛護センターでは、民間と協力して、増え続けるペット(とくに犬)の数に歯止めをかけ、捨てられたり、施設に連れていかれて「保護」されたりする動物の数を減らす活動を展開している。
同センターでは、2006年以降、
「不要になった」という理由だけで持ち込まれるペットを、そのまま受け入れることを拒否している。その代わり、センターの職員が飼い主と話し合って、できるだけそのまま飼い続けるように説得を行っている。そして、最終的に仕方なく注射による安楽死を選択せざるを得ない場合には、飼い主の同席を要請している。
「飼い主の要望を受けて動物を殺すことは、やろうと思えば簡単にできる」と、同センターの松崎正吉所長は言う。「しかし、われわれとしては、たとえ動物がなんらかの形で飼い主を苦しめているとしても、動物の命を奪うことがどれだけ深刻な問題なのかを、理解してほしいと考えている」
熊本市動物愛護センターでは、新しい考え方──安楽死させる現場には飼い主を同席させる──によって、殺処分する動物の数を劇的に減らすことに成功した。
同センターは、飼い主の募集事業においても著しい成功をおさめている。その成功に刺激を受けて、飼い主からの依頼をそのまま受け入れるのではなく、既存のやり方にとらわれずに新しい方法を模索する自治体が増えている。
埼玉県動物指導センターでは、あるペットショップと提携して、収容した犬と猫の譲渡先を探すプロジェクトを開始した。このプロジェクトは、徐々に他のペットショップにも好意的に受け止められるようになっていった。いくつかのペットショップでは、保護された犬が注射やガスによって殺処分されないよう、無料で斡旋を行ったり、「里親」制度を始めたりしている。
埼玉県越谷市のショッピングセンター内にあるペットショップ「Pecos
(ペコス)」では、できるだけ多くの犬が幸せに生きてほしいとの願いを込めて、保護された犬の里親スペース
「ライフハウス」を店舗内に開設した。同スペース内にいる犬には値札は付けられておらず、「新しい飼い主を捜しています」という張り紙だけが貼られている。
悪徳な業者とは違って、ペコスでは、新しい飼い主の適性を判断するために事前調査を行うなど、責任をもって里親捜しを行っている。セリーナ自身も、一連の質問に答えて適性を認められた一人だ。
「日本のペット問題が、先進国と比べてひどい状況にあると主張したいわけではない。実際に日本では、犬の飼い主の98パーセントはきちんと犬の世話をしている。わたしたちが問題にしているのは、無知で、無教養で、怠惰で、情緒に欠けた少数の飼い主たち。そして本当に問題なのは、ペット業界そのものだと考えている。ペット業界は、堕落し、人の道を外れている。不誠実で偽善に満ちた行政機関と互いに協力しあっているのだ。でも、わたしたちが日々の小さな戦いに勝ち続けていけば、最終的な勝利に一歩ずつ近づいていけると思う」
「ペットの養子縁組や里親の制度はすばらしい制度だと思う。それによって、彼らに2度目の生きるチャンスが与えられるのだから。こうした制度に協力しているペットショップや保護施設、地方自治体にも、拍手を送りたい。制度そのものというよりも(こうした制度は西洋では以前から存在しているし、制度の存在自体はあたりまえのことだといえる)、それを正しく運営している点が評価できる。新しい飼い主の適性を調べているのも、非常によいことだ」
「デビアス社(※1)から購入しようと、コートジボアール(※2)で違法な取引を行って手に入れようと、どちらもダイヤモンドには変わりない。その違いは、他者の死に対する責任をきちんと理解できるかどうかということだと思う」セリーナは、比喩的な表現で話を締めくくった。

Story by Jon Day
J SELECT Magazine, April 2010 掲載
【訳: 関根光宏】